”5000mile”
思っていることを言葉にするのがとても苦手だった。彼も、私も。
うまく伝えられなかったら、怒らせてしまったら、悲しませてしまったら。
そんな思いばっかりでごった返した脳が、
地球上のすべての生きものの進化の頂点にあるという。
しばらく会っていない彼から、今朝、突然送られてきた手紙。
手紙という手段にも思いのほか当たり障りのない内容にも驚いたけど、それ以上に嬉しかった。
あまり見る機会のない彼の字は、ごつごつしてはいるけど、思ったより丁寧で綺麗だった。
読み終えてすぐに返事を書き始めたが、何時間もかかってもうまくまとまらない。
あきらめて、もうこれでいいやと、白い横長の封筒に手を伸ばすと、一瞬、風が吹いた、気がした。
いつも私たちの間にあるような。
私は意識的に大きく息を吸い込むと、ぐっと喉に力を入れて、その流れを止めた。
そのまま、今書き終えた手紙を読み返す。
薄い紙の便箋がカサカサと心許ない音をたてる。
私は、こんなことが言いたかったんだよ。
もっともっと、たくさんの『私について』を知って欲しかった。
あなたと、同じ。
でも、
文章で話すことに距離を感じるのはなぜだろう。
彼からもらった手紙の、何気ない(ように見えるけれど、たぶん相当慎重に選ばれた)言葉のひとつひとつは、まちがいなく、嬉しかったのだけど。
彼について私はとてもたくさんのことを知っているのに。
彼も私についてとてもたくさんのことを知っているのに。
止めたままの呼吸が元の速度を求めている。
苦しいのは不足した酸素のせいだけではないのだと思う。
それはたぶん単純なことで、つまり私は彼に、会いたいのだ。
しかし今書き綴った想いは、自身の身体に重くのしかかって、支え切れなくなってしまいそうだった。
限界だ。
呼吸を再開して、
元の落ち着いた速さではなく、少し上がり気味の、
その同じ速度で便箋を破いて、捨てた。
新しいものを1枚取り出して、脇に置いたままだったペンを取り、一文だけを綴った。
「話したいことが、たくさんある。」
それを、先に宛名を書いておいた封筒に入れると、息苦しさは消えていた。
今日の最終の集荷まで、あと15分を切っていた。